<
母さんの用意した昼食をみんなで食べた後、私は山口さんを送りに出た。「梨華の姉と分かっていて、私とお見合いをしたんですか?」駅までの道を歩きながら、気になっていたことを訊いてみる。「知っていました。竹浦からお姉さんの話は聞いていましたから、正直会ってみたいとも思っていました」隠すことなく、山口さんは認めた。梨華から私のことを?何を言われていたのか、考えただけでも恐ろしい。「樹里亜さんはご自分の生い立ちにコンプレックスを持っていたんですよね?」確かに、私は養女だ。梨華のように実子だったらどんなに良かっただろうといつも思っていた。「でも、竹浦も同じなんですよ。いつもあなたが羨ましくて、両親はいつもあなたを見ているような気がして、反抗することで自分の存在感を出そうとしていたんです」え?私は足が止まってしまった。「そんな、バカな」つい、本心が言葉に出てしまう。「本当です。良かったら、どこかで座りましょう」「ええ」私達は近くのカフェへと入った。「竹浦は勉強もスポーツも苦手ではないんです。でも、勉強の出来る兄や姉と比べられたくなくてわざとしていなかった。夜遊びだって、ご両親に振り向いて欲しいからだったんです」運ばれてきたアイスコーヒーを片手に、山口さんが当時を振り返る。確かに、梨華は小さい頃から足が速かった。勉強も中学まではそこそこの成績だった。それに、私だってそんなに成績が良かったわけではない。お金で医大へ行ったようなものだから。「同じ事をやっても、『お姉ちゃんはよく頑張った』って褒められるけれど、私には何も言ってくれないと言っていました。お姉ちゃんはかわいそうだからって、みんなががひいきすると」「そんな・・・」「樹里亜さん。僕は出来
「あの・・・」山口さんがいきなりリビングから出てきた。そして、梨華と目が合った。「お前・・・」「先生」二人はポカンと口を開けたまま固まった。んん?どういうこと?「知り合いなの?」母が梨華に尋ねる。「う、うん」梨華にしては歯切れの悪い返事。「妹をご存じなんですか?」私は山口さんい尋ねてみた。「ええ、彼女が高校時代に教えていました。担任は持っていませんでしたが、生徒指導をしていて何度も顔を合わせていたんです」生徒指導の先生ねえ。梨華の渋い顔も納得できる。「まあ、とにかく部屋にどうぞ。梨華も来なさい」「えー」母に言われ、梨華が唇を尖らせている。「なんだか聞き覚えのある声がしたので、つい出て行ってしまいました。すみません」「いえ、こちらこそお見苦しいところを」母と山口さんが大人の会話をしているあいだも、梨華はすぐにでもここから逃げ出したそうな顔。それなのに、山口さんは梨華の方に視線を向けた。「ところで、竹浦は朝帰りなの?」「えっ」梨華の表情が固まった。「無断外泊ってこと?」「それは・・・」何々、梨華がおかしい。わがままで強気な梨華は、誰にだって物おじせずにものを言う。こんなに挙動不審になるのは珍しい。「お前高校卒業するときに約束したよなぁ。大学に行って真面目になります。もう2度と心配をかけるようなことはしません。あとなんだっけ?」「もー、やめてください」梨華が必死に止めた。母も私もあっけにとられ、梨華は顔を真っ赤にして口ごもり、山口さんはジーッと梨華を見ている。「どういうことな
***「私、昼食の用意をします。山口さんお昼はまだですよね?」しばらくして、母が急に席を立った。確かに今は午前11時だ。「どうぞお構いなく」山口さんの方もまんざらでもない様子。その声に、母は台所へ消えていった。「すみません、気を遣わせましたね」照れくさそうに、山口さんが口にした。ああ、そういうことか。「体は大丈夫ですか?」「・・・」急に言われて、答えが出てこない。「樹里亜さんが急に家を出られたと聞いて、連絡先も言えないと言われれば、大体想像できますよ」確かにそうかもね。たくさんの子供達を相手に仕事をしている人だもの、勘は働く方だろう。「彼とは別れたんですか?」「・・・」「一人で暮らしていく気ですか?」「・・・」私は何も答えられない。「安心してください。僕は文句を言いに来たわけでも、あなたを誘いに来たわけでもありません。ただ、ちゃんと顔を見てお別れしたかったんです。今までありがとうございました」「こちらこそありがとうございました」いかにも山口さんらしい言葉に、私たちは右手を差し出し握手をした。その時、ガチャガチャと玄関の開く音がした。あっ、梨華だ。梨華は昨日の夜から帰ってきていなくて、いわゆる無断外泊ってやつ。「あなた、何してたのっ」ドタドタと足音が聞こえて、その後母さんの叱る声。「いいじゃない。金曜の夜くらい羽を伸ばして何が悪いのよ」当然、梨華も言い返す。ああああ、お客様の前なのに。「ちょっと、すみません」私は山口さんに断わって立ち上がった。「もー、何してるのよ。お客様なのよ」私が苛立った
実家に帰って1ヶ月ほどが過ぎたある日。 「樹里亜、お客さんだけど・・・」 部屋を覗く母の様子がおかしい。 「お客さん?誰?」 「山口さん」 山口さん?って、誰? 私は山口さんが思い当たらない。 「ほら、以前お見合いをした」 ああああ。 思い出した。 でも、なぜ? 「とにかく上がって頂くから、あなたも出てきなさい」 そう言うと母は足早に去って行った。 それにしても、山口さんがなぜ? 確か、東京に行って少しした頃にメールで『家を出てしまいもう会えなくなりました』と伝えたはず。 さすがに妊娠の話しはしていないけれど・・・怒ってきたのかなあ? 幾分怪しみながらリビングに出ると、本当に山口さんがいた。 スーツ姿で、以前と変わらない姿。 「こんにちは樹里亜さん、お久しぶりです」 「こんにちは。その節は失礼な態度を取って、すみませんでした」 私は頭を下げたが、山口さんはまったく気にしていない様子。 「何も失礼をされた覚えはありませんよ。僕が勝手に樹里亜さんを追いかけていただけですから」 そう話すのを聞いて、私も母さんも黙ってしまった。 だったらなぜ、山口さんは家にきたのだろう? 「もしかして、僕が突然お邪魔したから文句を言いに来たと思われましたか?」 「いえ・・・」 とは言いながら、他には思い当たらない。 「メールで一方的にお別れを言われてしまったから、ちゃんと顔を見てご挨拶をしたかったんです。ご迷惑でしたか?」 「そんな、こちらこそすみません」 私はもう1度頭を下げた。
「おめでただそうですね」どうやら病院のスタッフにも知れているらしい。「みんな、驚いたわよね?」本当は別のことが聞きたいのに聞けなくて、つい口を出た。「そりゃあもう。当分は噂の的でしたから」「そう、やっぱりね」独身の女性が妊娠したってだけで興味を引くネタなのに、私は病院長の娘で、病院で働く医師なのだ。噂のネタには格好だろう。「高橋先生も、休職されましたよ」桃子さんはじっと私の目を見ている。「高橋先生が、お父さんですよね?」「・・・桃子さん?」あまりに突然で否定することも出来なかった。確かにこのタイミングで姿を消せば、私との関係を詮索されてもしかたがないと思う。でも・・・「実は、高橋先生に頼まれたんです」「どういうこと?」桃子さんと渚ってそんなに親しかっただろうか?フフフ。桃子さんは急に笑い出した「何、どうしたの?」「実は、突然高橋先生に声かけられて告白でもされるのかって期待したんです。でも、自分は休職するけれど、樹里先生のことが心配だから何かあったときのために連絡先を交換して欲しいって言われたんです」「渚がそんなことを?」「はい。君は信用できそうだからって。女としてはあまり嬉しくないですけれどね」桃子さんは笑いながら、携帯を差し出した。「どうぞ、使ってください」そう言うと、桃子さんは持参したオーディオプレーヤーを取り出しイヤフォンをした。どうやら、私は聞いてませんからってことらしい。「ありがとう、桃子さん」ありがたく桃子さんの携帯を使わせてもらい、電話をかける。するとすぐに渚が出た。『もしもし』
父の怒りは本物のようで、私はスマホを取り上げられたまま渚との連絡できない日が続いた。さすがに1週間も連絡できないでいると不安になって、家の電話からかけてみようかとか、いっそのこと梨華にたのんでみようとか色々考えたけれど、どちらもやめた。家から電話をすれば着信からお腹の子の父親が渚とばれてしまうだろうし、梨華に頼んでも同じ事で父や母に渚のことで、正直どちらも避けたい。日々ストレスだけを溜めながら、私は実家で隠れるように過ごしていた。そんなある日、「樹里亜、お客さんよ」と母に呼ばれた。「お客さん?」当然、心当たりのない私は聞き返してしまった。母がお客さんと言うからには、知らない人なのだろう。一体誰だろうかと不安に思いながら玄関に向かうと、そこには見知った顔があった。「も、桃子さん」驚いてその先の言が出てこない。本当に意外だった。病院に勤めていた時にだってそんなに親しくしていたわけではなかったし、話をしたのも数回だけだ。そんな桃子さんがわざわざ訪ねてきてくれるとは思ってもいなかった。「そんなに驚かないでください。ただお見舞いに来ただけですから」驚いた私に、桃子さんはいつもの通りあっさりした口調。「わざわざ、ありがとう」なんだか久しぶりに知り合いに会えたのが嬉しくて、ウルッとしてしまう。その時、桃子さんの後ろから小さな女の子が顔を出した。「お嬢さん?」「はい。娘の、結衣(ゆい)です」「こんにちわ、結衣ちゃん」「こんにちわ」桃子さんの後ろからはにかみなが挨拶をする結衣ちゃんがすごくかわいい。「とにかくどうぞ、おあがりください」母さんがすすめてくれて、桃子さんと結衣ちゃんは私の部屋に向かったのだが、すぐに梨華が現れた。「結